2018/06/07

本日、日本初公開の映画「羊と鋼の森」 バンクーバー(私の夫)編


日本で「羊と鋼の森」という映画が初公開されます。駆け出しのピアノ調律師が主人公で、原作の小説は2016年の本屋大賞を受賞した話題作。私も読みました。
 

奇遇にも私の夫はピアノの調律師+リビルダー(ピアノ修復技術者)で、この道24年目です。普段からこのピアノの仕事についてきいていると「羊と鋼の森」の主人公、外村君が苦悶するのもうなづけます。知れば知るほど「すごい!!」と思うこの仕事について、夫の実話も交えつつちょっと書いてみます。

①調律師は耳がいい?普通の人にはきこえない音(うなり)を聴く仕事
②めっちゃ根気のいる細かい仕事
③「まともにできるようになるには十年以上かかる」と言われた話
④技術に国境はない。日本の技術は世界一?!
⑤やっぱりヤマハはすごかった

①調律師は耳がいい?普通の人にはきこえない音(うなり)を聴く仕事
調律っていうとA(440ヘルツ)の基音に音を重ね合わせていく仕事だよね?と思いますが、調律はこのピッチ自体を聴くのではなく、複数の音が重なった時に出る「うなり」を聴くそうです。ピタッとあわさるとこの「うなり」がやむので、それに向かってやっていく。このうなりは、普通は聞こえません。私もピアノ経験者で絶対音感はあるけれど、うなりは「もしかして、これのこと?」とわずかに感じられる程度にしか感知できません。ちなみに夫も最初はきこえなかったそうで、訓練で聴きとれるようになっていくもの。ただ若いうちにやらないともう無理だそうです。夫はコンサートやラジオなどでピアノの音をきいた瞬間の0コンマ何秒で、調律が狂っているかどうか分かります。同じ人間とは思えないなあ。普段の生活でも聴覚が鋭くて、夜に雨が降っていると雨音で眠れません。ここまでくるとちょっと大変。

②めっちゃ根気のいる細かい仕事
ピアノの弦は1つの鍵盤につき1~3本あるので、1台のピアノ調律で約230本の弦を調整します。うなりをききながら、1台分で20トンの張力のかかった弦をほんとにちょっとだけ動かす作業。1ミリより小さな感覚の世界です。それだけの張力のかかった弦を微量に動かすって、、それを230本全部。夫は専門学校で初めて調律について知ったとき「神業だ、自分には無理」と思ったとか。それだけ集中したら1台終えるとクタクタになるよね。ほんとにお疲れさまです。

③「まともに仕事できるようになるには十年以上かかる」と言われた話
ちょっと自慢みたいになっちゃいますが、夫は調律専門学校で「学校が始まって以来の優秀な生徒」と言われていたとか(調律テストと先生の評価により)。そして卒業後、楽器店(兼工房)でピアノのオーバーホール(修理)も学びましたが、調律ともに、その後7年間は、毎日「もうやめたい」と思っていたそうです。全然、思うようにできなかったから。「羊と鋼の森」の外村君が「自分には才能がない」と悩む様子に、夫は「そりゃ20代やそこらでできるわけがない」と言っています(すみません)。同じように当時、夫が調律の仕事をやめたいと恩師に言ったときは「満足いかないのは当たり前。調律の仕事をなめてもらっちゃ困る。10年は続けなさい」と返されました。そして音も人によって好みが分かれますが、調律の仕事は正解が一つではなく、調律師それぞれで違う(調律曲線など)そうです。ピアノも1台1台、違う。夫は恩師の言葉で思いとどまって以来、ほぼ毎日ピアノと向き合って今年で24年目に入り、最近になってやっと「これが自分の調律だ」としっくりくるようになったとか。

④技術に国境はない。日本の技術は世界一?!
このブログ内容でお分かりのように私たち夫婦はバンクーバーに住んでいます。夫はここで、20年以上ピアノの仕事をしてきました。来たばかりの頃、英語は全くしゃべれず、怪しまれて空港で別室に連れていかれたほどです。でも夫曰く、カナダには調律やピアノ技術の専門学校はトロントに1校しかないため全ての調律師がそこで学ぶわけではなく、独学の人も多いそうです。その中で夫は日本で学んできたおかげで、言葉のハンディに関わらず、その仕事ぶりから信頼を得てきました。「日本人だからあなたを選んだ」とお客さんに言われることもあり、世界でも「日本は技術大国」と尊敬されていて、調律についてもまさに世界トップクラスと言えます。日本人の調律師は自分の耳で聞くけれど、こちらの人は機械を使うんだそう。夫が調律や調整をした後にお客さんから電話がかかって来て「あなた、一体うちのピアノに何をしたの?!」と聞くので夫がビックリして「何か問題がありましたか」とドキドキしながらきくと「音がものすごく良くなったのよ、同じピアノとは思えない!」と言われたこともありました(また手前味噌ですみません・・笑)。お客さんに満足してもらわないと次は頼まれない中で海外で自営業をやって来れたのは、その腕ひとつ。日本で学び、途中であきらめず、毎日手を抜かずにやって来た夫を尊敬しています。

⑤やっぱりヤマハはすごかった
調律からちょっと離れた余談ですが、ピアノのメーカーって世界にどれぐらいあると思いますか?私は、スタインウェイ、ヤマハ、カワイぐらいだと思ってましたが・・・100以上あるそうですね。カナダは戦火でピアノが焼けていないので100年以上前のピアノも残されていて、毎日いろんなメーカーのいろんなピアノを見ているのですが、ピアノの内部も知っている技術者の目から見ても、「ヤマハのピアノはすごい!」んだそうです。ヤマハのピアノの作りは細部まで完璧で狂いがなく、考え抜かれているそうですよ。(音はカワイが好きだけど。笑)5年に一度開かれるショパンコンクールは、ピアニストだけでなくピアノメーカー4社の戦いでもありますが、ヤマハのピアノを選ぶピアニストもかなりいます。日本ではスタインウェイが花形と思われていますが、作りでいうならどっこいヤマハだというのが夫の持論です。ちなみにこれまで何千台とピアノを見てきて「これは自分も欲しい!」と思ったピアノは5本の指にも満たないとか。ピアノは千差万別、どれがいいか順位をつけるのは難しく、最終的には好みになりますよね。日本のカワイもヤマハも、海外では高い人気と信頼があります。これからもさらに良いピアノを作り続けてほしいです。

★★★
長くなりましたが、読んでくださってありがとうございます。「羊と鋼の森」の予告編を見たら、ピアノの音と森の風景ともにすごく美しい雰囲気の映画だなーと思いました。「小説や映画はかなり演出されていて実際の仕事はもっと淡々としてるよー」と夫は言いますが、そんな黒子役の地味な仕事にスポットライトが当たって嬉しいなーと思います。バンクーバーで公開されるのはいつでしょうか?(笑)日本で映画のDVDが発売になったら教えてください♪そういえば夫がピアノ技術者になったきっかけは、高校時代にあの双子のようにピアノにのめり込んだから(弾くほう)。これからも一生、ピアノとつきあっていくんだろうな。映画の外村君は、将来どんな調律師になっていくのかな。